ヴァルカナイズ・ロンドン
Insight Integrity of King CharlesⅢ

チャールズ3世のインテグリティ

by Kaori Nakano

チャールズ3世

チャールズ3世のスタイルから紐解く、
英国での服に対する概念、
サステナビリティといった観点を、
服飾史家である
中野香織さんが語ります。

チャールズ3世が好むスーツスタイルは、皇太子時代から変わらない。3年前と変わらないだけでなく、なんなら30年前ともあまり変わらない。淡めのグレーやネイビーのストライプのダブルまたはシングルスーツに、ブトニエール、ポケットチーフ、そしてネクタイで構成する華やかなVゾーンを合わせるのが特徴である。ピンクやパープルを多用しても浮薄な印象にならないのは、スーツが時に何年も着まわされている既製服だったりすることも大きい。

 スーツスタイルと同様、変わらないのは、チャールズ3世の地球環境に対する高い意識である。1960年代の終わりからペットボトルの環境汚染を問題視し、世界がバブルに沸いた1980年代には変人呼ばわりされながら持続可能性を説いた。世界がようやく「目覚めた」21世紀には、ワン・プラネット・サミットにおいて地球憲章テラカルタを提唱して地球の未来へのロードマップを示した。今やキング・オブ・サステナビリティとして君臨する。

 変わらぬチャールズ3世のスタイルと行動に通底する美徳は、インテグリティと呼ばれる。矛盾なく貫かれる高潔さのことである。他人からどう見えるかに右往左往するのではなく、自分がどうありたいかという芯を保ち続ける一貫性のことである。9月に開校したラグビースクール・ジャパンの理事長によれば、イギリスの紳士が、人に対しても事業に対しても最も重視する要素が、ほかならぬこのインテグリティである。

 新国王の信念ある一貫性は、過激に見える前衛的表現を生み出すこともある。長年、愛用するスーツや靴に、チャールズパッチことつぎはぎを当ててまで着続けることもそうだ。また、数百年の伝統が再現される自らの戴冠式においては、多信仰社会におけるあらゆる宗教の擁護者となる意志を示すために、前例のない演出をした。ヒンズー教のスナク首相が聖書を読み、イスラム教のスコットランド首相がキルトを着用し、枢密院議長の女性が剣をもち、黒人の国教会司祭が補佐をするというカオスな光景が全世界に放映された。初めて見ると驚くが、背後に貫かれる新国王の思想を理解すると、新時代にふさわしい合理的な表現にすら見えてくるから不思議である。

 チャールズ3世のあり方からは、本物の保守とはなにか、その本質を教えられる。慣習や伝統を形式的に遵守するのではなく、時に前衛となって時代に応じたあり方を表現してみせ、新しいルールを作ることである、と。そこにインテグリティが感じられるとき、人はそのリーダーシップを支持するだろう。

 私たちが新国王はじめイギリス紳士のあり方に学ぶべきものも、表層の着こなしのルールだとかマナーだとかではない。それも大事ではあるが、むしろ、自身の哲学に基づく価値判断の基準を貫くという主体的な心の姿勢のほうが重要である。日々の選択にそうした心の姿勢を反映することが、ルールの追随者ではなくルールメーカーとしての人間力を育てることにつながっていくはずだ。

 さて、そんな彼らに愛用されるブランドにギーヴス&ホークスターンブル&アッサーがある。個性を強く主張しない高品質のスーツやシャツは、トレンドに左右されることがほとんどなく、紳士の装いの北極星としての矜持を変わらず示し続けている。今シーズンはたまたま「トレンド」のクワイエット・ラグジュアリーのテイストにも合致しているが、イギリス紳士ブランドは、19世紀初頭のダンディ、ボー・ブランメルの時代から淡々とクワイエット・ラグジュアリーを貫いている。時代がようやくここに追いついただけである。古くならないことは、いつだって新しい。