【追悼転載】坂本龍一氏インタビュー

TALKING ABOUT LONDON

教授にとっての英国

Photo:Hisashi Shimizu(STIJL) Text:Mitsuru Shibata

先日、お亡くなりになられた世界的な音楽家、坂本龍一氏。
イギリスのモノを愛用し、英国文化に影響を受けたストーリーを、12年前のヴァルカナイズ・マガジンで取材させていただきました。追悼の意を込めて当時の貴重なインタビューを再掲載いたします。

 

 

(以下の記事は2011年当時のインタビューを転載しております)

ヴァルカナイズ・マガジン vol.3の表紙を飾っていただいた坂本龍一さん。撮影中はしつらえたピアノの前に座り、鍵盤に手を置いていました。その時スタジオに流れていた楽曲は近作「Flumina」。最初は手慰みに弾いていたのが、いつしかそれにシンクロし、 ふたりの坂本龍一のライブ共演になっていました。そんな音楽への飽くなき好奇心を追求する坂本さんの創作にイギリスは少なからず影響を与えてきたといいます。そして自然に対する考え方、さらには愛用する旅道具にも。

さて教授の英国談義の始まりです。

 イ ギ リ ス を 思 う 時 、友 の 顔 が、 街 並 み が 浮 か ん で く る。

音楽家・坂本龍一さんのイメージを問われれば、やはりドビュッシーやラヴェルといったフランス系クラシック、あるいは映画音楽ならベルトリッチ監督との結びつきからイタリアが思い浮かびます。ところが意外にもご本人の口から出たのはビートルズでした。

 

「初めて自分で買ったレコードはローリングストーンズでした。子供ながらこんなに下手でいいんだ、それがカッコいい!と思いました。でも音楽的には 2枚目に買ったビートルズのほうが影響は大きかったでしょうね。十代の初めから解散するまで聴いてきましたから。クラシックでもイギリスはヨーロッパ大陸に比べて割と遅れていましたが、20世紀に入って新興のパトロンが現れ、王侯 貴族や教会ではなく大衆の音楽が主流になったことで、後進国だったアメリカやイギリスが台頭しました。またビートルズにしてもプレスリーが出てこなかったら生まれなかったはず。まずアメリカでヨーロッパとアフリカの音楽が混じってジャズやロックができ、それがイギリスに飛び火して、あの頃の少年たちが貪欲になって短期間に吸収して自分たちの音楽を作った。それはすごいエネルギーだったと思います。もともとはイギリスが領主国だったのですが、それが逆転してしまうというのも面白いですね」

 

そうした音楽史のダイナミズムとともに、イギリスを象徴するビートルズに魅かれる点はなんでも貪欲に吸収する点といいます。

 

「ビートルズは単にブルースやロックだけではなくて、いろいろなジャンルをひとつの風呂敷に入れちゃった。それこそ一作毎に変わる。そういうところは僕もクラシックから実験音楽、ポップスまでなんでも食べちゃうので、少し似ているかな。もしかしたらそれはビートルズの影響もあるのかもしれない。いままであまり考えたことはなかったけれど」と思いを巡らせます。

さて坂本さんは森林保全団体「more trees(モア・トゥリーズ)」はじめ、社会活動への積極的な取り組みでも知られています。坂本さんの目にはナショナルトラストの発祥であり、環境保全先進国としてイギリスはどのように映るのでしょう。

 

「背景には産業革命で森林をすべて伐採してしまったという歴史があります。そこで初めて大切さに気がついたということなのでしょう。でもその頃のことを非難できないようなことを僕たちもやっているわけで。やっぱり人間のやることは基本的に変わらず、何度も反省しないとすぐ忘れてしまうのでしょうね。僕はイギリス庭園に魅かれるのですが、人間の手があまり入ってなくて、フランス庭園のような極端に幾何学的で人工的なものとは対称的に異なります。自然との接し方では日本とも共通する思想や哲学、そして発想があると思います」

 

モノに対して本質を求めるイギリス的感性もそれに通じるのでしょう。坂本さんもしなやかな手触りの虜になり、スマイソンを愛用。メモにはツアー中で見つけた美味しいレストランを書き込んだり、ツアーを供にしたミュージシャンやスタッフにメッセージカードを送ったり。大 切な旅の思い出を残すとともに、出会った人への感謝や思いを表現するために欠かせない道具です。

 

「旅道具でいえばグローブ・トロッターは 25年以上使っています。軽く、丈夫で、たくさん入るのがいい。もちろんルックスも。とくにヨーロッパツアーはバスで夜間移動することがほとんどで、それこそ期間中はバスがわが家になります。そこでリラックスできるように枕やアイピロー、粉香などあらゆるものを持ち込みます。ここでもグローブ・トロッターのスーツケースは重宝しています。開口が中心からではなく、蓋のように開くので、行李のようにそのまま クローゼットになるんです」

 

そしてイギリスというと、いまも忘れられない光景があると坂本さん。

 

「 80年代に初めてロンドンにレコーディングに行った時、スタジオの片隅に大きな紅茶ポットとクッキーが置いてあったんです。ああ、イギリスらしいなぁと思って小さな感動を覚えました。なんだか温かみを感じて。考えてみれば、イギリスには僕の生涯の友といえる親友がふたりもいます。イギリスを思うとその顔が浮かぶし、彼らの街も好きになる。そういう意味でもイギリスには他人の国とは思えない特別な親しみを感じます」

 

それはもうひとつのホームプレイスへ の想いなのかもしれません。